2012年02月13日

森ゼミ生のこれからを知りたい(2)-金八先生と憲法-

 先ほど申し上げました、森ゼミの卒業生の何人かが、口をそろえて、金八先生の教育理念を、ゼミの印象に残る思い出として挙げていました。今、小学校教員、中学校教員の森ゼミOB・OGの方に、多いのですが。

 これについては、ゼミではなく、僕が大講義を通して語ったことで、若干の誤認・誤解(?)かなあと思うのですが、それで、補足的な話をしたいと思います。

 金八先生の話は、当初より現在まで(1995-2012現在)、教育制度・教育実践を日本国憲法の窓から理解することの大切さを伝えるために、たしかに取り上げています。

 「子どもたちの中に、腐ったミカンのように簡単に排除していい者は、いない」という金八語録を引用して、「人権としての教育」を求める日本国憲法26条「すべて国民は、…その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する」の意について、説明しているのは、事実です。 つまり、一人ひとりの人間の成長の歩みとしての発達の必要に応じる取り組みの手厚さを、わけへだてなく、ひとしく、,どの子にも行う教育実践こそ、憲法の教育理念を具体化する実践(=発達保障主義的な教育条理解釈)であると。

 例えば、直近の2011年度後期講義(2012年2月現在の、職場)でも、以下のコメントが返ってきます。

「教職課程においてなぜ『日本国憲法』が必修であるのかその理由がこの授業を受講して分かりました。金八先生の教育理念に始まり、タイムリーな話題(橋下さんについて)まで、その問題の根底には必ず『憲法』があるのだと思います。憲法(旧教育基本法、教育基本法を含む)を学ぶということは、教育の理念を学ぶことであり、また教員としてのあり方・義務について明らかにするということです。現代では、明らかに教育の理念とは正反対の方向に向かっています。私はまだ教員になるかどうかは分かりませんが、教育をめぐる諸問題の背景を少しでも改善し、自由な教育が出来るような環境づくりに 参加したいと思いました。」

 森ゼミでは、直接、こうした話をした記憶が、あまりありません。なぜなら、高校社会科の模擬授業研究の時間ですから。

 ただ、今思うと、可能な限り、全員が納得できる模擬授業ができるように、僕自身も班学習のゼミ生同士も、模擬授業の準備が遅れて課題の残るゼミ生にも、容易に、排除せず、話し合い、支え合い、相互援助・相互批判の学風で、協働して乗り切ることを、心がけるように仕向けてきたつもりです。

 大講義の言葉と、当時の森ゼミの学びが重なったのでしょうか?どうかわかりません。そのあたりを、教職についた現在、どのように捉えているのでしょうか?こうしたことを、いずれかの機会にか、森ゼミOB・OGに聞き取りしてみたいと思っています。

  

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2012年02月13日

森ゼミ生のこれからを知りたい!!

ご無沙汰していました。2012年になって、初のブログです。

ここ数年、森ゼミ卒業生の結婚式披露宴に、出席することが多くなりました。たいていは、祝辞や乾杯の言葉を依頼され、森ゼミ当時のエピソードを話し、結婚という人生の門出に際して、お祝いの言葉を述べます。1期生(1996年卒)~12期生(2008年卒)の250人以上のゼミ生一人ひとりの中で、たまたま招待を受けたA君、Bさんの当時のことを、思い出しながら、思い出しながら、祝辞を考えます。

全員のことを、はっきり覚えているのかというと、それが不可能であるからです。そういうことをしていくうちに、最近、発見したことがあります。祝辞のパターンが同じであるということです。僕がそういうふうにワンパターン化している可能性はあるのですが、先ほど申し上げたように、「全員のことを、はっきり覚えていいない?」という感じですから、必ず事前に、面談したり、電話やメールをして、本人が「何を言って貰いたいのか?」をインタビューして、原稿を書きます。


その結果、ゼミ生本人の口から、〈森ゼミを生きた本人の物語・ドラマ・ストーリー〉が語られます。羅列しますと。以下の通りです。

厳しいゼミで、1)最初へこんだ。辞めたい。いやだった(たぶん、僕はいやな教員と思われたはず、ほとんどのゼミ生は、それは口に出しませんが、論理的にはそうでしょうね。)。2)なんとかするために、苦肉の策として、みんなで支え合うようになった(学習班のこと)。そうしたら、けんかもあったけど、なんだかだんだん友情(なかには恋愛に発展)が芽生えた。三人寄れば文殊の知恵だということに気づいた。3)ゼミの学習が面白くなってきた。本を読んで、みんなと議論したり、人前で模擬授業(プレゼン)するのが普通にできるようになった。教職に就くための学習ゼミというより、ゼミの学習自体が魅力的で、楽しくなった。4)その後、教職より、本を読むこと、勉強自体が好きななったこと、集団で何かをすること、相手に何かを伝えること等の、学びのインプット・アウトプットの大切さをわかった。5)今、大学院に行った。専門的な資格(教員免許以外)の勉強をしたい。高校教員ゼミだったけど小学校先生になった(子どもの可能性を見捨てない教育にあこがれて?)、金融関係の総合職(沖縄の豊かさを考えて…)、地域づくりのNPOの活動を立ち上げた。初志貫徹、高校教員、中学校教員になったetc。6)森ゼミで苦労した仲間は、一生の友人になった。

挙げれば、きりがないのど辞めますが、多種多様な進路をとりつつある本人たちが「今を生きる自分」と「森ゼミの学びの経験」の、点と点を線で結んで語っていることを、発見しました。制度上は、高校教員養成の目的のゼミの経験が、多様な進路選択の原動力ななっているからです。

最近、金融関係に従事するT君(2007年卒)が、僕に言いました。「いつも先生を呼んで、みんな集まるのは、『先生が好きだからですよ。』」と。しかし、あえて今になって言うというのは、やはり、「当初、厳しいゼミで、最初へこんだ。辞めたい。いやだった。いやな教員にあたった。」と思ったからでしょうね。

あ、本論からそれました。要は、「森ゼミの学びの経験」と多種多様な進路を歩む本人を、点と点で結ぶ物語が存在していること、最近、この物語のパターンがあることに気づきました。この物語の存在-客観的というより、ストーリーテラーの主体的・主観的認識として-って、なんだか青春ドラマみたいで、自分で自分を作る発達の自己運動として興味深い面があります。

そこで、250人ほどですが、これから5年後、10年後、彼らの何人かのライフコースのなかで、一人ひとりのドラマを聞き取りしたい、できれば、漠然とした、上記の「森ゼミの学びの経験」の特徴を明らかにしていきたい、そんな夢のような研究課題が浮かびました。少しずつ、可能であれば、準備していきたい。遅れましたが、これを「2012年からの計画」としたいと思っています。

あ、それと、個人的に今、はまっているのですが、那覇マラソン、森ゼミとして出ませんか?喜輝君、よろしくお願いします。  

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2011年08月30日

シンポジウム等の案内と「一目惚れではない」恋愛について



 大変、ご無沙汰していました。みつおもりたです。今年は、1月、6月、7月と森ゼミOBの結婚式もあり、沖縄にたびたび訪れることがありました。10月、11月も,OBの結婚式があり、また沖縄詣では続ききますが。


 さて、9月に、僕の科研費の研究グループ主催で、「戦後沖縄教育の歩みと『伊波常雄教育資料』展」というテーマの展示会及び「戦後沖縄の教育の歩み-石川の記録を語る-」というテーマのシンポジウムを開催いたします。関心のある方は,お越し下さい。戦後初期に石川教地区の教育界に入職した故伊波常雄先生の資料を中心にした企画です。よろしければおいで下さい。 特に、森ゼミのみなさんで、戦後沖縄教育に関心のある方々にはおすすめです。

 一応、僕は9/3・4の日程は出席する予定です(9/2-5の間は、那覇に滞在)。

                               

                                  記
 


1,戦後沖縄教育の歩みと「伊波常雄教育資料」展
・日時:2011年8月23日(火)から9月25日(日)
・場所:石川歴史民俗資料館
・休館:月曜、9/20(火)、9/24(土)
・入場:無料
・ギャラリートーク:9/4(日)11:00、14:00(齋木喜美子先生(福山市立大学))

2.シンポジウム「戦後沖縄の教育~石川の記憶を語る~」
・日時:2011年9月3日(土)
   開場:13:00
   開始:13:30
   終了予定:17:00
・場所:石川地区公民館(石川歴史民俗資料館となり)
・入場:無料
・電話:098-964-3433

☆主催:「戦後沖縄における教育実践史研究グループ」(代表 齋木喜美子)
☆うるま市教育委員会
☆うるま市石川歴史民俗資料館 〒904-1107 うるま市石川2-1-55 電話/Fax:098-965-3866


追伸-一目惚れではない恋愛について-

 3月に起きた東日本大震災以降、ブログから遠ざかっていました。たびたび起こる余震、放射能汚染、民主党政権内部のごたごたやら、不安をかき立てられるような気分でした。それが理由でと云うことでもないのですが、沖縄にたびたび出かけることで、漠然とした不安感から、逃避していたような感じでした。仕事上のルーチンはこなすことができましたが、ブログで何かを語る気分ではなかったみたいでした。

 この間、偶然ですが、6月に森ゼミ8期生の平安座君の結婚式、7月には7期生の大城克志君の結婚式で多くの卒業生に再会し、その後、夏休みにはいって、偶然ですが、千葉にいる森ゼミ7期の恩河君、沖縄にいる森ゼミ9期生砂川君と東京で再会できました。8月に、久しぶりに故郷の関西方面にオフで家族(奥さん)と旅行に出かけ、父の墓参りをすませ、ようやく気分が、得体の知れない不安感から解放されました。

 縁もゆかりもない東京に職場を変え、2年目ですが、僕の中では、まだ東京が仕事の場でしかないのかなあと思いました。大学生・大学院時代迄過ごした関西、15年いた沖縄の人々と出会うと、不思議と元気になります。

 沖縄在住のころ、沖縄に関する研究に、それほどまじめに取り組まなかったのですが、東京に移って、かえって沖縄に対する研究に取り組み、沖縄に魅力を感じ、沖縄詣をしている自分を発見しています。これって、一目惚れではない恋愛のような思い、ではないでしょうか。うまくいえないのですが、はじめは好きでも嫌いでもない印象の人と、毎日会っているウチに、その別れ際で、大切な人、かけがえのない愛情を抱くと云うことかもしれません。

 東京にいて、沖縄を恋しく思う自分を発見しました。こういう感じは、実は、関西から沖縄に職を得て急きょ移った1995年に、沖縄にいて関西を恋し思ったことと同じことではないかと,思い出しました。一目惚れではなく、相手を知って、交際して、交流して、頭だけではなく、本当に,心と体で、相手を知って、相手をなんだか好きになる、なんだかその人を恋しく思う。僕は、そんな人間なのかもしれません。東京、東日本も、いずれ好きになれたら「いいなあ」、と思っています。

  

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2011年03月12日

大丈夫です!!

 森田です。阪神大震災(1995)以来の揺れ、いやそれ以上かもしれません。埼玉の自宅にいたときに第一波が来ました。それ以降、都心に出ていません。都心も埼玉も震度5だそうです。立教池袋にはまだ行っていませんが、被害は小さいようです。
 ただし、余震がずっと続くので落ち着かない感じです。沖縄の皆さんに、遅れましたが「家族ともども、無事である」とお伝えいたします。
 阪神大震災(1995)、沖国大ヘリ墜落(2004)、東日本大地震(2011)と、僕の人生の中で、未曾有の事件に当事者として遭遇してきたことに、不思議な思いです。それよりも、東北の方々の被災は胸が痛みます。  

Posted by みつおもりた at 22:52Comments(1)TrackBack(0)

2011年01月04日

僕の2011年のフレーズ

 沖縄県内外の森ゼミOB・OGの皆さんへ 

 あけまして、おめでとうございます。ご無沙汰しています。ブログの更新が、気づいたら数ヶ月前でしたね。

 首都圏でのはじめてのお正月を迎えましたが、ここ数年公私にわたる変化(特に2000年代後半以降に急展開した新自由主義教育改革・教師教育政策の大激変、沖縄から東京へ職場が変わったこと、我が子の大学進学で子どもの親離れが始まったことetc)に対応していくような生き方をしてきた感じが強く、僕自身の歩む道や目標を見失いがちであったと、思っています。

 そこで、あらためて自身の中にある中心軸とは何だったのかを振り返り、考えました。言葉にすると、当たり前すぎて(笑い)、恥ずかしいのですが、次のフレーズがぴったりです。

「今年はゆっくりと着実にものごとに取り組みたいと思っています」

 どんなことに取り組むのかは、その時々で種々様々でしょうが、自己意識を明確に有する人間的主体性や自分・他人・社会との関係の中でじっくり考えることを大切にしようという、ごく当たり前のことですが。この間の環境の変化に受け身的に対応しすぎ、いろんなことに消極的であったことへの自己反省がありました。

 いずれにしろ、あせらず、あわてず、短気にならず、地道に、確実に事を解決していくことを、心がけようと思います。到達目標や量ではなく、進む方向・ベクトルや質への志向性・こだわりを、先のフレーズに込めています。

 森ゼミOB・OGの皆さんは、2011年をどう生きていこうと考えておられますか?
 


  

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2010年08月26日

9月に沖縄に行きます!!

 ご無沙汰していました。
予告していましたが、ようやく、来沖の日程調整ができましたので、お知らせいたします。9/6-10の日程で、科研費(テーマ「戦後沖縄における教育実践史研究」)の研究分担者として、沖縄の平和(教育)行政と教員の教育実践の関係について、うるま市立石川歴史民俗資料館の訪問、退職教員の方々(70歳代)の聞き取り調査をする予定です。
 沖縄にいるときは、それほどまじめにしてこなかった沖縄の教育実践研究を、今していこうとしていることが、不思議な感じです。
 

 とはいえ、久しぶりの来沖です。森ゼミ卒業生のみなさんとも再会することはできできそうですね。

 それでは また  みつおもりた  

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2010年08月03日

ルイアラゴンより

 7月31日に、森ゼミ7期生のO君の結婚披露宴に行ってきました。久しぶりに、沖縄の青い海・青い空を見ました。ほぼ10年前の森ゼミ生ですが、30歳代を前後した世代です。人生の伴侶を見つけ、人の親になる。職業や、人生の目標を真剣に求めている。人それぞれですが、着実に、多くの方が自らの課題を見つけ、日々、それらの実現のために、進んでいるようでした。

 7期生の卒業文集で、ルイアラゴンの詩を紹介しました。学べば学ぶほど、独善や傲慢になったり、優越感と劣等感の狭間で孤立したり、分裂したりせず、人と人が自立し、連帯して、結びあっていくことを願って、贈った言葉です。今思うと、恥ずかしいほど理想主義的でしたが、O君が、現在でも、このルイアラゴンの詩を覚えてくれ、自分なりに真意を深めてくれることを伺い、大変嬉しく思いました。

 教えるとは ともに未来を語ること

 学ぶとは 誠実を胸に刻むこと ルイアラゴン

 
 7期生の方々が、大学生の時は、「学ぶこと」に、当時のゼミの集団学習の経験を重ね、強調してきたのですが、彼ら自身30代前後になり、職場では後輩、家庭では我が子、教職に就いた場合は、教え子を前にして、日々、目の前にいる「それらの後からきた人」のためにがんばらなければならない立場にいます。


 「教えること」は、油断すると、ともすると上から目線(形式といううより、スタンス・姿勢として)になりやすいと、思うとき、ルイアラゴンの詩は「僕たち、年長者は何のために,教えるのか?」という原点を思い出せてくれるように思うのです。目の前にいる人のために、その人と「ともに希望や未来をつくる」ために、「教えること」の原点があるとすれば、「教えることは」は、人と人を結びつける実践であると考えています。

 先日、O君をはじめ7期生の皆さんに再会し、久しぶりに、一人ひとりの職場、家庭、学校での経験や苦労の一端を伺いながら、10年ほど前に一人ひとりに贈ったルイアラゴンの詩の深さをあらたに振り返ることができました。
                                          みつおもりた
 


                    

  

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2010年07月28日

同じ人間を発見する!!

 以下の感想は、沖縄の大学生と同じ講義内容(「教育の思想と原則」)を受けた、東京の大学生の感想です。当たり前なのですが、トウキョウもオキナワも、同じ人間がいることを感じました。

「…子どもの人権を尊重するという、対大人風な子どもへの態度は何も教師になってから意識することでは なく、今から道で出会う、電車で出会う全ての人に人権を、そして人間を発見することの延長線上にある ことだと思います。全ての人に自分と同じ人間を発見する喜びを豊かさを子どもに伝え、子どもの心にを つける、着火マンみたいな先生になりたいです。…」

 本当に、オキナワの学生と同じなのですから。200人以上の大講義で、人間関係の希薄な都会に生きる若者の声を発見しました。ほかに、今どきの世知辛い教育社会状況にあって、聖人君主でなくても、人間としての教師を選ぼうとする声もありました。

「……いつも最後まで残っていた、明るい色の服を着た、大きめの学生です。授業中、2回ほど寝てしまって、……途中のレポートを、…出せなかったりしたのですが、…この授業を通し、子どもというものをしっかり見つめることを学びました。僕は、先生になりたいのかを自分自身と相談して考えている最中です。その理由の一つに『生活指導とかが煩わしいかも』というのがあったのですが、先生の授業を通してやってみたくなりました。生身の人間とぶつかりたくなりました!どうしても、それだけ伝えたかったので、ここに書かせていただきました。ありがとうございました。」

 まだまだ、頭でっかちな感じがありますが、教育に人間を発見することの原理・原則を、自分なりにつかんだ、すがすがしさ(?)を感じました。15年のオキナワで積み上げてきたことの、どれほどがトウキョウでできるのだろうか?15年前とは隔世の感のある、自己責任・自由競争の新自由主義の世知辛さが行きわったった今、僕は、こうした若者に期待したいと思っています。けっして面と向かっていうことは恥ずかしくてできませんが、心の中で、しかも確信を持って、「あなた方は、希望の光だ!」と。

 50を過ぎたのに、まだ青臭い性格の持ち主であるからでしょうが、これからも、同時代を生きる、このような新しい人とともにありたいと思っています。オキナワの15年間と同様に。









  

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2010年07月15日

もうすぐ沖縄に行きます!

 夏休みに、沖縄に行くことを考えています。

 1)卒業生の7期生のオサム君の結婚披露宴

 2)科研費の研究調査

 1)は7/30~8/1予定で、2)未定ですが、8月後半から9月です。

 これから予定を立てますが、特に2)の日程は比較的余裕のあるモノにします。みなさんのうち何人かの方々とお会いできるかもしれませんが、決まりしだいお知らせいたします。

 では みつおもりた



  

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2010年06月24日

ご無沙汰していました!!

 東京の職場(立教大学)の勤務と生活が始まって、しばらくご無沙汰していました。すべてが新しく始まった、という実感でした。
 東部東上線で池袋に向かい、行きも帰りも満員電車に揺られ、大学では250人一クラスの大講義でマイクで講演会のような授業を行い、教科教育法のクラスも50人を超し、演習ゼミでありながら講義のような雰囲気で、正直、戸惑いの連続です。
 
 人が多く、短期間ではなかなか人との関わり、交わりがつくれないということは予想していましたが、周りのテンポの速さと相まって、この2月ほどはあっというまに終わった感じです。

 さて、最近は政局が変わって「民主党への支持離れ」が加速しています。国民の政治に対する期待はずれ観が目立っていますが、ぼくは、そんなことより、15年前(1995少女暴行事件の頃)、6年前(2004沖国大ヘリ墜落事件の頃)、3年前(2007「集団自決」教科書検定問題の頃)より、沖縄へのまなざしは注がれるようになったと思っています。それだけではなく、民主党政権の誕生は、マニュフェスト(いわゆる約束)を通して、国民が文句・不平を言い、要求を出してもよいという、民主主義の成熟への機運を作ったと思うのです。老いも若きも、これまで「これほど、何かが変わる、変えよう」と思うようになったことがあったのかというと、あまりなかったのではないでしょうか?

 その点で、民主主義の成熟の始まりを、僕は予感したいと思います。先週、東京の学生に、教科教育法で「なぜ、社会科がおもしろくないのか?」という問いを通して、背景にある1950代以降の池田・ロバートソン会談以降の教育における逆コース-極東アジアにおける共産主義勢力の防波堤のための日本再軍備化-が、子ども・青年を含む国民に「国を守る」愛国心教育を要請し、国家が教育に介入する状況をつくり、子どもが自由に発言する教育の自主編成授業がしにくくなった、特に、身近な生活をめぐる時事問題・政治問題をテーマにする社会科がつくりにくくなったという物語を語りました。

 けっこう、「そうだったのか!」という反応がありました。まだまだ、すてたもんではない、東京の学生の様子を感じています。かれらは、少なくとも、政治的な立場はどうあれ、「自分たちが受けた社会科とは違う社会科をつくりたい」と思ったのは確かでしたから。

 ぼくは、しだいに一人ひとりがものをいうようになる事を期待します。民主主義の成熟の始まりの機運の中で、それを密かに願っています。 

 みなさんは 最近 どんなことを考えましたか?          みつお もりた         

   

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2010年04月18日

オキナワ在住15年について

 先週から、トウキョウでの授業が始まりました。トウキョウの学生を前にして、実生活と知識の関係の重要性を語りました。当たり前といえば、当たり前のことですが、ふと気づいたことがあります。それは、僕の思いには、その当たり前のことを語りたいという、オキナワ在住15年という、僕にとっての忘れられない事実(真実)があることを……。

 思えば、私(1958年生)は高度経済成長期に少年期、バブル期に青年期を過ごし、OD研究者のまま結婚、人の父になれましたが、なかなか定職に就けず、ようやく1995年になって沖縄の地で職を得ることができました。正直言って、沖縄に赴任するまで憲法前文・旧教基法前文の背景-国体護持のための軍国主義・超国家主義の暴力が人間の尊厳を国策・戦争の道具や手段に貶めたこと(硫黄島の戦いや沖縄戦の実相等々)-を実感すらことはありませんでした。しかしながら、沖縄に来てリアルに、現代史である沖縄の実相-在日米軍の75%の集中する沖縄で起きた日米地位協定見直し・基地縮小を求めた8万5千人県民大会(1995)、米軍ヘリ沖縄国際大学墜落事件で起きた3万人宜野湾市民大会(2004)、軍隊が強いた住民「集団自決」を削除した教科書検定に対する11万人県民大会(2007)、民主党政権下で浮上した普天間移設問題(2009年以降)-に、次々に遭遇しました。こうした事件は、現代沖縄に住むひとりの人間として、研究者とし、教育者として、無視することはできない、沖縄の実相であり、実感的な生活世界の一部でもありました。

 翻って、日本の政府権力は、教基法「改正」(2006年12月)も、新保守主義の統治行為としての教育で「愛国心」・国民道徳で国民一人ひとりを統制し、市場主義・自己責任論で〈人権としての教育〉を保障しない新自由主義を国民一人ひとりに強制し始めています。これら公権力の横暴が、現代沖縄でも一連の事件等を通して目の当たりに迫り、繰り返されてきたように見えます。私にとっては、国民の人権・平和・教育を守る日本国憲法の立憲主義の重要性も、だめ押しする形で、オキナワという地点から思い知らされてきたとように思います。端的に言えば、「日本を客観視できる場所=私の住む沖縄」(宮本亜門さん)から、人権・平和・教育を守る日本国憲法の未完の課題を考えざるを得なく、こうしたオキナワ在住15年を忘れることはありません。

憲法的価値を知識として獲得すること、生活世界の解決課題としてリアルに考えることは、当たり前に結びつかなければならないということと、やはり考えざるを得ません。ここに、科学的認識形成と一人の人間としての生活実感の結びつきを太らせる広義の教育実践の課題があるのだと、思うのですが……。



 
  

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2010年04月02日

トウキョウで辞令交付を受けました。

ご無沙汰していました。

 3/25の引っ越しから、一週間ほど、投稿ができる状態ではありませんでした。
昨日、新しい職場の辞令交付を受け、ようやく日常に戻りつつあります。

 沖縄のことは、普天間移設問題で、ここでも毎日、報道されています。外から
沖縄をみる眼差しからですが、それでも、2004の沖国大ヘリ墜落事件の時とは、
隔世の感が明かにあります。温度差はまだあるかもしれませんが、こちらでもオ
キナワのさまざまな顔(かお)を、知る機会が広がっているように思いました。
 
 それと、報道のインタビューを受けた普天間や、辺野古、うるまのオキナワの
いろんな世代の人たちが、ものおじせず発言ししている様子が、たびたび映像で
流されていたことが印象的でした。

 鳩山民主党政権批判を基調とする報道姿勢であるとしても、ふつうにオキナワ
の人間の声を聞く機会が、こちらで広がっています。


 トウキョウから、オキナワ、日本、そして世界をみる。トウキョウの大学で、
僕は、オキナワをどう語ればいいのか?いま、僕は考えはじめています。  

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2010年03月17日

2010年3月15日の5504研究室から

 15日に、研究室の鍵を返却しました。以降の連絡先は、とうとう15年慣れ親しんだ沖縄の5504研究室から東京池袋の2206研究室に変わります。荷物は、ダンボール小箱70個(書籍)、大箱15個(資料その他)プラス椅子1個となりました。空っぽの5504研究室を後にしたのが午後7時30分過ぎでした。

 あらためて、沖縄を出て行くことを実感しました。長いようで短くもあった15年間でした。新連絡先は4月以降は立教池袋キャンパスです。ということで、3/15以降は大学研究室の入室も、大学のPCアドレスも使用不可能になります。変な感じですが、3/15-3/31は沖国での居場所も、役割もなく、トウキョウへの引っ越しの準備以外は、なんとなく精神的失業状態みたいな、宙ぶらりんな感じです。大学受験合格後の高3生の春休みのような。たしかに、引っ越しやら転出・転入の手続きで忙しいのですが。15日の研究室の窓越しに暗くなった夜の普天間基地を最後に見おさめると、ふと2004/8/13の沖国大ヘリ墜落事件のこと、その翌月に沖国大グラウンドに33000人が抗議で集まった宜野湾市民大会のことが自然と頭に浮かびました。僕は、こういう大学に15年もいたんだということも。

 教職課程運営も、研究も、教育も、こういう大学の中で、僕は何を考え、何をしてきたんだろう?。もしかりに、この15年間が大阪、神戸、東京の大学での生活だったら、僕は何を考え、何をしてきたのだったのだろか?…じっくり考えてみたいと思った。おそらく、答えは簡単に出ないけれど。

 とりとめなくもの思いにふける一日であった、2010年3月15日は。 

 
 
 

  

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2010年03月12日

大量の紙が物語るもの!

 今日は、午後から研究室の荷づくりを始めています。
 書籍関係は約70箱でした。残りが資料です。この資料の中に、おびただしい量の森ゼミの指導案・発表資料がありました。この紙の分量は、森ゼミ生とのかかわりそのものであったと、感慨深いものがありました。
 それにしても捨てるぬ捨てきれない大量の紙を前に、どうしょうかと悩みつつ、やはりトウキョウに持って行くことにしました。ある意味で、一人ひとりの指導案・教材研究であると同時に、ゼミの集団全体(もちろん森田も入れてくださいね!)の「濃い」文化活動の共同参加の成果ですからね。そう思うと、このオキナワの学生のエッセンスのごとく「濃い」内容を、トウキョウのドライな学生にぶつけてみようかしら!?とか、ふと思う、今日この頃の気分です。
 オキナワとトウキョウ、たとえば、濃いvs薄い、ウエットvsドライ、縄文vs弥生(?!8期生以降ゼミ生しかピンとこないかも)……ようするに、真逆です。「それでも、同じ人間ではないの?」、アメリカ人も、フランス人、イギリス人も、イタリア人も、ユダヤ人も、中国人も、日本人も、アイヌ人も、キリスト教徒も、イスラム教徒も、仏教徒も、白人も、黒人も、黄色人種も、……きりがないのですが、みんな「しょせん同じ」人間ですから。大きな目で見ると、そうなりますから。

 いずれにしろ、何が言いたいのかというと、違う地域性・個性・文化を背景に現象的には多様に生きるけど、本質は幸せで平和に生き、愛し愛されたいと心密かに求める「同じ」人間であることを-これを-、オキナワでも、トウキョウでも、いや世界、国際社会でもお互いに大切にするために社会のあり方を考えること、これが社会科の教育内容のベースにある。だからこそ、オキナワだから、トウキョウだからとかを「気にしない」でいたい。これが(オキナワからトウキョウへ行く、マージナルな僕の)、今の思いです。トウキョウでも、めげずにゼミの種をまきますよね。  では、これから荷づくりを再開します。みつおもりたより
  

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2010年03月09日

森ゼミは一期生からはじまった!

 本日、お昼から引っ越しの箱詰めを行いました。家族(奥さん、子ども)を動員して、36箱の荷づくりが終わりました。あー疲れた。半分以上できたが、この荷の多さに、オキナワで過ごした時間の長さをずしっと感じました。
 偶然に、一期生のゼミ文集を発見した。何をしたらよいのかわからなかった僕の指導のもとで、僕の頼りない指導の陰で、一期生の皆さんが、自主的に、空き教室で模擬授業の練習をしていたこと、基礎学力テストの合同学習会をしていたことetc、これが森ゼミの第一歩だったとあらためて、実感しました。森ゼミは、一期生からはじまった!
 当たり前のことですが、あらためて森ゼミの原点を思い出しました。引っ越しの箱詰めもいいものですね。明日もがんばりますね。 ではまた。 みつおもりた  

Posted by みつおもりた at 23:20Comments(0)TrackBack(0)

2010年03月08日

明日から研究室の荷づくり

 今日の日程は、科研費などの事務処理で半日を費やしてしまいました。 15年間慣れ親しんだ研究室から、書籍等の荷を段ボールに入れる作業が主な作業です。同時に、廃棄する資料なども出しています。それにしても、その時々に、不要なものを出しておけばよかったと後悔しています。  

   

Posted by みつおもりた at 17:42Comments(2)TrackBack(0)

2010年03月07日

2010年3月6日をありがとう!

 今日からブログを始める、みつおもりたです。3月6日に、1995年から2007年の12年間まで、担当した森ゼミ(森田ゼミ)のOB・OGに盛大な送別会を開いていただきました。100名近くもお出でいただき、本当に本当にありがとうございました。はじめて他府県から沖縄国際大学の専任教員として赴任して、1~12期生までの森ゼミの皆さんに出会い続けてきたことが、僕にとっての大切なオキナワとの出会いでした。

 一期生の伊芸君、比嘉剛君、上江洲君、宜野座君、大見謝さん、ほぼ15年ぶりに出会えて、嬉しく思いました。ゼミ長だった伊芸君、比嘉剛君には大変お世話になりました。皆さんが立派な大人になっておられて、感動しました。また、ブログという、人と人を結ぶプレゼントをいただきましたこと、本当に本当にありがとうございます。

 三期生の下地君、知念君らに再会し、西表島合宿の感動を思い出しました。

 四期生の大城靖君、上原君らには、特に送別会開催の呼びかけを中心になって進めていただき、ありがとうございました。

 五期生、六期生、七期生、八期生、九期生、十期生、十一期生、十二期生の皆さんにも、手弁当で送別会の運営にあたってくださり、心からお礼を申し上げます。

 これから、僕はオキナワを去ります。しかし、2010年3月6日は、僕にとって忘れられない記念日になりました。たしかに、各期の森ゼミの学習活動はその時々の毎年毎年の過去の出来事でしたが、2010年3月6日は、12年にわたって入れ替わり立ち替わり僕が出会った皆さんに再会できた記念日だからです。
 
 言葉に出すと恥ずかしい気もしますが、皆さんと出会い、いっしょに汗をかいてきとことを、誇りに思っています。僕自身、森ゼミ生との出会いから、たくさんたくさんの人間教育・教師教育の宝物をいただきました。この思いは、トウキョウに行っても忘れません。ほんとうに、本当に、心からありがとうございました。 みつおもりた  

Posted by みつおもりた at 22:45Comments(1)TrackBack(0)
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